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大きく変わろうとしている新生児代謝異常マススクリーニング 島根大学医学部小児科 山口清次教授

新生児マススクリーニングとは

「新生児マススクリーニング」とは、知らずに放置するとやがて障害の出るような遺伝的な病気を、症状の出る前に診断して、治療を開始して障害を防ぐ事業です。わが国では昭和52年からこの事業が開始され、これまでに8,000人以上の子どもたちがみすみす障害を持たずにすんだといわれています。

最近新しい画期的な検査技術(タンデムマス)や治療薬が開発されたので、スクリーニング対象になる病気の数を増やしてより多くの子どもたちを障害から救おうという動きが高まっています。例えば、突然死を起こす脂肪酸代謝異常、骨格や臓器の異常をきたす「ムコ多糖症」などのスクリーニングが注目されています。

この新しい新生児スクリーニングを実現するためには3,000万円の機器と、一人当たり3,000円の検査実費が必要となるといわれています。国も自治体もすぐには金を出すことは難しいようです。しかし時間はたってゆきます。子どもたちの健やかな未来のために、ご支援をよろしくお願いします。

1:先天代謝異常とはどんな病気?

人間の身体の中では、生命を維持するために食事からとった栄養分を吸収したあと、いろんな生化学反応が絶えず起こっています。そしてエネルギーを作り出したり、身体に必要な成分を作ったりしています。これらの反応の流れを「代謝」とよび、それぞれの反応を助けているタンパクを「酵素」とよんでいます。

もしもこの代謝の流れの中で、生まれつき酵素が欠損していると、その流れがせき止められて、異常な物質が身体にたまったり、本来必要な物質が欠乏するために障害が起こる病気を「先天代謝異常」といいます。

2:先天代謝異常の症状

異常にたまったり、欠乏する物質の種類によって症状は違います。最近新生児スクリーニングで注目されている病気(有機酸・脂肪酸代謝異常)では、数週間、数ヶ月後に発育不良、急性脳症などで発症します。またムコ多糖症などでは、1歳頃から神経症状、骨格の異常、特異な顔貌などで異常に気づかれるようになります。

3:先天代謝異常の治療

治療するためには、異常物質雅たまらないように食事療法をしたり、身体の中にたまった物質を体外に排泄を促進する薬の投与、欠乏する物質の補充投与、あるいは正常な人からの臓器移植や人工的に作った酵素製剤の投与などがあります。

4:「新生児代謝異常マススクリーニング」って何?

先天代謝異常という病気を持っていることを知らずに放置すると、生後数週間から数ヶ月後に障害の現われるような病気を、新生児期に症状がまだ出てないうちに見つけ、治療を開始して障害予防する事業のことです。

わが国では昭和52(1977)年より開始されています。現在、表1に示すような6つの疾患が対象になっていますが、この事業によって年間数百人の小児が障害から守られ、これまでに8,000人以上の小児が障害から救われたといわれています。

5:「スクリーニング対象疾患」として満たすべき要件

早期発見できるならどのような病気でも早く見つければ良いものではありません。新生児スクリーニングで対象とする疾患は、障害予防事業ですから、一定の要件を満たすべきだといわれています。

その要件とは、表2にあげているように、一定の頻度で起こる病気で、放置すれば重大な障害をもたらす病気で、発症前に発見できる病気でなければいけません。また大切なことは、有効な治療法がある病気で、新生児スクリーニングで見つけることが障害予防に役立つ病気でなければなりません。

検査法の要件として、再現性のある検査法が確立していて、簡便で、早く、検査費用が安価な検査であり、また赤ちゃんに負担のかからない検査で発見できる病気でなければいけません。

6:現在のスクリーニング対象疾患について

現行(2007年現在)のスクリーニング対象疾患は表1に示すように6疾患です。それぞれの病気の発見頻度と費用便益をあげています。費用便益とは、検査と治療にかかるコストとスクリーニングによる効果を比較したものです。費用便益のよい病気とは、頻度がわりと高く、検査費が安く、治療費も安く、治療効果がより顕著なものです。

このうちクレチン症は、2,100に1人と高い頻度で発見され、しかも治療費は安く、治療効果もよいので便益性は最も優れています。フェニルケトン尿症は日本人では約7?8万人に1人の発見頻度で、白人での頻度(1万人に1人)に比べると低いのですが、発見された患者のほとんど100%が正常な発達をします。スクリーニングしないとほとんどの小児が発達障害に苦しみますので、スクリーニングの効果は著しく、便益性は良好であると判定されています。

一方メープルシロップ尿症は50万人に1人、ホモシスチン尿症は80万人に1人の頻度で、必ずしも治療効果が確実でなく、便益性がよいとはいえないといわれています。

7:スクリーニング検査法の進歩

マススクリーニング検査法として、「ガスリーテスト」という名前の方法が、1960年代から始まりました(図1)。ガスリーテストの他に、ボイトラー法、ペイゲン法、酵素法、高速液体クロマトグラフィーなどが開発されてきました。いずれの検査でも図2に示すような血液ろ紙を使用します。血液ろ紙以外の検体を必要とする検査は、現在のところ現実的に難しいのです。

そして1990年代から、「タンデムマス」という方法が開発され、2000年前後から世界的に普及しはじめています。このタンデムマス法は、1回の検査で20種類以上の病気を検査でき、感度もよく、コストも安いので、30年以上トップに君臨してきたガスリーテストにとって変わろうとしているのです。

8:スクリーニング対象疾患の拡大の動き

わが国で新生児マススクリーニングが開始されてからちょうど30年が経過しました。そしてスクリーニングの障害予防効果は世界的に認知されています。

そこで、スクリーニングの対象疾患を拡大してもっとたくさんの子どもたちを障害から救ってほしいという社会的要望が高まり、厚労省研究班などでも検討されています。その代表的な病気を表3にあげています。前に述べたように、対象疾患を設定するためには、満たすべき要件とともに検討されます。

9:将来のスクリーニング対象疾患として検討されている疾患

a) 有機酸・脂肪酸代謝異常
アミノ酸や脂肪酸の代謝過程の障害によって起こります。一般的な症状としては、感染などを契機にして起こる急性脳症、突然死、あるいは呼吸困難などです。一部の病気では、生涯無症状のままで過ごす人もあるといわれています。食事療法、生活指導、カルニチンなどの薬剤で治療されます。タンデムマスで分析します。

b) ムコ多糖症・リソソーム病
ムコ多糖やりン脂質を分解する酵素(リソソームにある酵素)が生まれつき欠損するために、骨、関節、結合組織、神経組織にムコ多糖や脂質が蓄積する病気です。主な症状は、発育障害、神経障害、骨格異常、特異顔貌、腎臓、肝臓、皮膚、眼科的障害などです。最近、酵素補充療法という治療薬が開発されつつあります。この夢のような治療法を生かすためには、症状が出る前に見つけて治療を開始する必要があります。スクリーニング検査法としてタンデムマスを使用する方法などが現在開発されつつあります。

c) ウィルソン病
肝臓や脳に銅が蓄積するために学童期前後から慢性肝障害、中枢神経障害をきたす病気です。ペニシラミンという薬を服用すれば正常な生活が可能です。血液や尿を酵素法で検査してスクリーニングします。しかし、現在のところ、3-4才には発見できるが、新生児期には発見できないといわれています。

d) 胆道閉鎖
生まれつき胆管がつまっているために黄疸、肝機能障害をきたす病気です。放置すると肝硬変になり数年以内に死亡します。治療は外科手術ですが、生まれて2ヶ月以内に手術すれば治療成績が良いといわれています。そこで、生後1ヶ月健診前後の便の色をみてスクリーニングします。便のカラーカードを配布しておきそれと比較するだけのスクリーニングですが、現時点では一部の自治体が行なっていますが、まだ全国的に広がってはいません。

10:タンデムマスによる新生児スクリーニングで見つかる病気

従来のガスリーテストなどに代わって、タンデムマス法(図3)という画期的な検査法が普及しつつあります。1回の分析で短時間のうちに20種類以上の疾患を一斉にスクリーニングでき、コストはこれまでの対象疾患とあまり変わらず、また感度は従来の方法に比べ偽陽性・偽陰性が1ケタ少なくなるというスクリーニング検査法としては「スグレモノ」なのです。

この検査では、これまでのアミノ酸血症のみならず、有機酸・脂肪酸代謝異常もスクリーニングできます。特に脂肪酸代謝異常は、発症形態が乳児突然死症候群やライ症候群に似ていますので、発症前に診断しておけば、突然死や急性脳症による障害が減るのではないかと期待されています。この領域の病気は、ふだん正常にみえて、何らかのストレスを契機に急性発症するので、現在原因不明の小児の急性脳症(インフルエンザ脳症なども含む)やSIDSの中に隠れている可能性があるといわれています。スクリーニングが実現すればこれらの原因不明の小児疾患の克服に貢献するものと期待されています。

11:わが国のタンデムマス導入の動きについて

わが国でもタンデムマスを導入した新生児スクリーニングのパイロット研究が始まっています。1997年より福井大学(重松陽介教授)で始まり、2004年から厚生労働省科学研究班が立ち上がりました(班長 山口清次、図4)。

新しいマススクリーニングのパイロット研究は、図5に示すような全国5カ所でパイロットスクリーニングをしているところです。これから少しづつ広まり、日本に導入するメリットが高いことが証明されれば全国で実施されることになるでしょう。

12:ムコ多糖症スクリーニングの動向

数年前から、ムコ多糖症の酵素補充療法が開発されつつあります。患者で生まれつき欠損している酵素を人工的に作り、その製剤を定期的に注射して治すという治療です。

ムコ多糖症の診断がつくのは通常2-3歳以降です。診断がついた時には神経障害、発育障害、骨格異常などの症状が出ていて、この時点から新しく開発された酵素療法を行なっても、すでに出ている症状は消えず効果は限定的です。この画期的な治療法を有効に生かすためには、発症前に診断して治療を開始することが不可欠なのです。そこでリソソーム病(ムコ多糖症など)の新生児スクリーニング法の開発が、世界的に注目されています。

13:今後の新生児スクリーニング

小児疾患の多くは、発症してから治療するよりも、発症前に発見して治療する方が効果的なのです。乳幼児健診事業や予防接種事業も同様の考えです。例えば麻疹にしても自然にかかって抵抗力をつけるよりも予防接種によって発病を防ぐ方が、小児の健康にとって有利なことがわかっています。新生児マススクリーニングも予防医学的考え方は同じなのです。

これまでスクリーニングの対象疾患は、放置すると確実に障害が出るような病気を対象としてきました。タンデムマスなどの検査技術の開発によって、対象疾患が拡大されるなら、表4に示すように、正常に生活できるかもしれないが、何らかのストレスを契機に重大な障害を起こすかもしれないような病気までも発見できるかもしれません。

一方、マススクリーニングには倫理面の問題もあります。無症状でありながらスクリーニングで診断されたために、将来生命保険加入を拒否されるなどの問題等に遭遇するかもしれません。これらに対する配慮も必要です。また新生児スクリーニングで見つかる病気は稀な病気が多く、一般小児科の先生にもなじみがありません。全国どこで発見されても正しい診断、治療を受けることができるよう診療支援体制、および患者追跡体制検査の精度管理体制などが不可欠なので、現在一生懸命体制作りをしています。

表1.わが国で行なわれている新生児スクリーニング対象疾患

対象疾患 発見頻度 便益性
1:フェニルケトン尿症 7万
2:メープルシロップ尿症 50万
3:ホモシスチン尿症 80万
4:ガラクトース血症 3万
5:クレチン病 2千100
6:先天性副腎過形成症 1万6千

発見頻度が比較的高く、検査や治療にかかる費用が安く、スクリーニングの効果が良い場合、便益性が良いという。◎=便益性がきわめて良好、○=良好、△=便益性はあまり良くない。

表2.マススクリーニング対象疾患の満たすべき要件

a)一定の頻度で起こる病気
b)放置すれば重大な障害をもたらす病気
c)発症前に発見できる病気
d)治療できる病気
e)早く正しい結果の出る検査であること
f)コストが安価な検査であること
g)子どもに負担を与える検査でないこと

表3.検討されている新しいスクリーニング対象疾患

疾患 頻度 症状 検査方法
1:有機酸・脂肪酸代謝異常 10,000 急性発作(代謝不全)、筋肉症状、突然死 タンデムマス(血液ろ紙)
2:ムコ多糖症・リソソーム病 40,000 神経障害、骨格異常、腎障害、心障害 タンデムマス(血液)、酵素法(尿)
3:ウィルソン病 10,000 肝硬変、神経障害 酵素法(血液、尿)
4:胆道閉鎖症 10,000 肝硬変 便カラーカード

表4.今後予想されるスクリーニング対象疾患の拡大

現行スクリーニング 将来
1:放置すると確実に障害が出る病気を対象としている(現在6疾患) 1:放置すると確実に障害の出る病気(現在と同じ)
2:何らかのストレスによって障害の起こる可能性のある病気(例:脂肪酸代謝異常)
3:治療法が開発されてその効果を高めるために不可欠なスクリーニング(例:ムコ多糖症)