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暗闇に差し込んだ光〜セントルイス大学・戸松俊治先生とお会いして〜

2006/05/10

1999.9.21・・・颯太は我が家の長男として生まれました。長女(明日香)のように、すくすくと育つはずだった・・・。それなのに・・・。何だかおかしい? 首、腰が据わらない・・・。いつまでたっても寝返りができない・・・。離乳食を飲み込めない・・。歩こうとしない・・・。
書き出したらキリが無い。比べてはいけないと思いながら、つい二つ上の長女と比べてしまい、何度も何度も病院へ行きました。でも、いつも返ってくる言葉は、「個人差があるから・・・」それから、1歳半ぐらいで背骨が曲がっていることに気付き、大きい病院で検査をしてもらったけれど、「異常なし」そんなわけ無いだろうと思いながらも、時だけが過ぎ、3歳児検診でようやく病気だと知らされました。

その当時の病名は、軟骨異形成症・・・。病気だと医師から告げられてから3年・・・やっぱりおかしい。体のあちこちの骨が曲がってきているし、身長も全然伸びない。そして、股関節脱臼のため、手術をしたほうが良いと進められ、お隣の県のこども病院を紹介されたことにより、颯太の本当の病名が分かりました。2005年、11月のことでした。
ムコ多糖症4型A・モルキオ病。聞いたことも無い病名に戸惑い、インターネットで朝から晩まで調べる日々・・・。調べれば調べる程、悲しい現実を突きつけられました。20万人に一人と言う難病・・・。日本には30〜50人程しか患者がいなく、治療法の無い進行性の病気。治療法の無い現状での平均寿命は20〜30歳代であること・・・。

息子は、小さいだけで元気そうに見えます。裸にしてみないとその独特な体型は見て取れません。だから、皆さんに話さなければならないのだと思います。毎日の生活にこそ危険が潜んでいるのです。頚椎の圧迫のあるモルキオ患者にとって、ただの学校生活でさえ危険がいっぱい・・・。
何百人と言う集団の中での移動は、将棋倒しになったとして、健康な子供ならかすり傷程度で済むかもしれない・・・でも・・・頚椎を損傷すると麻痺が起こる。命の危険さえあるのです。 

私たちが絶望感に包まれているころ、アメリカに渡った日本人医師が、モルキオ病の治療薬の開発をしている事を聞かされ、今年に入ってすぐに、その治療薬の臨床治験(薬の効果と安全性を試すために実際患者に投与して行うテスト)が、2007年にもアメリカで行われることを知りました。
そして、その研究をしておられるセントルイス大学の戸松俊治先生が4月に一時帰国をされるということで、ムコネット事務局から「どこかで戸松先生と会ってみますか?」と連絡をいただき、先生が島根大学での講演のために出雲市に来られる4月16日、ホテルのロビーでお会いしました。
先生はロビーで走り回る元気な息子に驚いているようでした。元気すぎるから、余計に心配なのだと言うお話をしました。
それから、治験についてお伺いしました。病院内にしか通訳がいないことから、英会話の勉強をした方が良い事、アメリカは日本と違って国土が広く移動手段として自家用車があったほうが良いので、つまり国際免許が要ること・・・そして、患者本人もまた、言葉の通じない国で、学校に行き、毎週数時間に及ぶ治験薬の投与を受けなければならないこと・・・。などなど、治験に参加することの大変さが分かりました。

そんな、難しい話をする私たちの隣で、静かに聞いていた長女に先生が、 「お姉ちゃんが一番英語の上達が早そうだから、お姉ちゃんが、お母さんと颯太君を助けてあげるか?」 と、声をかけました。
すると、長女は「私は、パパといる。」と答えたのです。
「そうだな、お父さん一人じゃ寂しいもんな。」 と先生。小学三年生・・・まだまだ甘えたい年頃です。でも、彼女は一生懸命我慢をしています。
最初に、治験の話をしたとき、大阪の中井耀くん(ムコ多糖症2型患者・7歳)が、お父さんと一緒にアメリカへ渡り、治療薬の治験に参加した様子を記録したドキュメント番組のビデオを見せて、
「颯太の病気を治すことができるかもしれない薬が、アメリカにあるんだって・・・。だから、ママは、颯太をアメリカに連れて行きたいんだけど、明日香はどう思う?」と、聞いたことが、ありました。
その時は、娘はまだ小学二年生。
「颯太の病気が治るんだったら、行ってもいいよ。」
「でもね、1年半から2年ぐらい行かないといけないんだって・・・。」
少し考えた後・・・ 「大丈夫!」
小さな小さな心で、一生懸命考えて我慢をしています。家族みんなが我慢をしています。だから、一日も早く、子供たちが子供らしく笑って暮らせるように・・・一刻も早く治療ができるように、先生にお願いしました。そして、患者たちのために、今後も全力を尽くして、関係各所と協力して行きますと言う心強いお言葉を頂いて、帰路に着きました。

国内にたった数十人の患者のために・・・忙しいスケジュールの調整をして頂き1時間半に渡ってお話をして頂きました。
戸松先生のように、こんなにも、一生懸命になって下さるお医者様もいるのだから、大丈夫。
きっと、近い将来みんなが、こころから、笑える日が来るはずです。その日を信じて私たちは、がんばります。
「わが子を実験台にするのか」と祖父母は言いました。確かにそうかもしれない。安全である保証はどこにも無い。だけど、誰かが、やらなければ、薬が患者の手元に届く日は来ない。 そのための一歩なら、勇気を持って踏み出したいと思います。

礒元さをり

礒元家と戸松俊治先生(右端)
礒元家と戸松俊治先生(右端)