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「おきなわマラソン」敢走記<その2>
(おきなわマラソン」チャリティーランで大活躍した豊田ゆりえさんの報告です)

2006/03/19

はいさい!沖縄顔の私は豊田と申します

「ゴールして 脳裏に浮かぶは 始めの一歩」

思い起こせば去年の12月。初心者ランナーとして沖縄のマラソンに挑戦しようと意気込んでおり、この頃に鴨澤友美さん(「敢走記1」をご覧ください)達に出会いました。情報源としてランナーや大会の掲示板を読む毎日でした。12月の「NAHAマラソン」は、私の誕生日と近い為、バースデーマラソンとして意気込んでいて、これまた「NAHAマラソン」の掲示板(ランナーズコミュニティ)を見てましたところ、「ムコ多糖症」の見慣れぬ文字が・・・!?

両手を挙げる豊田さん

「どうせ走るなら、ただ走るだけよりも、何かやって走っても良いんじゃない!?」と考え、書き込みしたことがきっかけでした。鴨澤さんも書き込まれ、立ち上がり当初は5人でした。
その後「どうにかして、もっと多くの人に知ってもらえないだろうか。もっとPRする手段は無いだろうか・・・」と考えていたところ、鴨澤さんから「石垣島マラソンでサーターアンダギー(沖縄風ドーナツ)を配りながらPRしてきた!」のメールが。それ以来、Tシャツランナーやご協力頂ける方々が爆発的に増えていったのを覚えています。まさかこんなに沢山の人にご理解ご協力して頂けるなんて、夢のようでした。石垣島、視覚障害者マラソンと、鴨沢さんがご尽力されたおかげであると思っています。

「NAHAマラソン」以来長距離を走ったことがないので、おきなわマラソンは、制限時間6時間(今回は15分延長されましたが)だったのもあり、完走する自信は全くありませんでした。いざスタートしてみると、直後にはカメラを構えているムコネット沖縄支部長・前城均さんのムコTシャツ、走ってみると、近くでヒョコヒョコ動き回って元気と若さいっぱいのムコTシャツ、黙々と頑張って走っているムコTシャツ、声をかけてくださる漫湖走友会、伴ネットの方々、そしてブログ実況中継用に写メールをひたすらとって送って走って...の事務局・Yさんとホッピー黒住さんなどなど、本当に多くの方に支えられ、6時間を切ってゴールすることができました。

途中、あまりにくるしくて泣きそうになったこともありましたが、このTシャツやみりちゃんの折ってくれたムコハートを見ると「いやいや、完走しなきゃ」と、前へ前へ進むことができました。
一人では走りきることが出来なかったと思います。きっと、このチャリティも同じように、たった一人では出来ることは限られているけれども、一人一人が出来ることを持ち寄ることで大きな力になったのだな、と思いました。Tシャツを着て走る人、お店に募金箱を置いて下さる人、ホームページやブログでリンクして下さったり、記事を書いて下さる人、コンサートで募金を呼びかけて下さる人、社内広告に掲載して下さる人、ご理解頂き募金を下さる人等々・・・。きっと方法は一通りではなく、いろいろな事で貢献できるのだと改めて実感いたしました。

今後とも、この活動がより大きな成果を残せるよう努力していく所存です。どうぞ、今後もご理解とご協力をよろしく御願いいたします。

豊田・だったい・ゆりえ